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西枇杷島簡易裁判所 昭和25年(ハ)1号 判決

原告 杉藤みね

被告 横井鎌清

一、主  文

被告より原告に対する当裁判所昭和二十四年(ユ)第五号家屋明渡調停事件の調停調書に基く強制執行はこれを許さない。

訴訟費用は被告の負担とする。

本件につき当裁判所が昭和二十五年六月十七日になした右強制執行停止決定はこれを認可する。

前項に限り仮りに執行することができる。

二、事  実

原告訴訟代理人は「主文第一、二項同旨の判決を求める」旨申立て、その請求の原因として、被告は、当裁判所昭和二十四年(ユ)第五号家屋明渡調停事件の調停調書に基き、原告に対し家屋明渡の請求権ありとし、昭和二十五年六月八日、愛知県西春日井郡清洲町大字清洲千六百三十四番地及び千六百三十五番地上西側の木造瓦葺平家建居宅一棟の内北側の六畳、八畳及び四畳の三間(以下本件第一家屋と略称する)に対し明渡の強制執行をして来た。而して、同調停調書には、被告は原告に対し本件第一家屋を賃料一ケ月金五十円毎月末日限り被告方に持参支払の約にて昭和二十四年八月一日より期限の定めなく賃貸すること、原告において右賃料の支払を三回以上遅滞したときは被告より何等の通知催告を要せず右賃貸借契約は当然解除せられたものと看做し即時被告に対し無条件にて本件第一家屋を明渡すは勿論被告より明渡の強制執行を受けても異議のないことなる旨の記載があり、被告は原告において昭和二十五年三月分乃至五月分の賃料の支払を怠つたから当然解除の効果が発生し右賃貸借関係は消滅に帰したものと看做しているもののようである。しかし、原告が右三ケ月分の賃料を同月三十一日までに被告に対し現実に支払つていないことは認めるが、

(一)  原告は同年三月下旬頃から四月にかけて肋膜を患い且つ被告とは子供のことで感情の縺れを生じて居り相互の交際を避けていた関係上不用意に右賃料の支払を怠つていたのであつて、原告は同年六月二日に至りこれに気付き、同日次男義光をして右三ケ月分の賃料合計金百五十円を被告方に持参せしめたところ、六月分を加えた四ケ月分の賃料を持参せよとてその受領を拒絶せられ、更に同月四日長男行雄をして四ケ月分の賃料合計金二百円を持参せしめたところ、既に賃貸借契約解除の効果の発生後であることを理由としてその受領を拒絶せられたので、止むなく同月十二日これを名古屋法務局に供託したが、原告は独身で中学校及び小学校に通学中の男児三名を扶養し生活保護法による扶助をも受けている貧困者であり、被告もこのことを知つていたのであるから、被告の如く原告のこの境遇を理解せず右調停条項を盾にとり原告の賃料の支払が僅か二日遅滞したことを理由として賃貸借契約の消滅を主張することは権利の濫用である。

(二)  原告は被告から法律の改正により賃料が値上げになつたとの話があつたから、昭和二十四年十二月十日、被告に対し十一月分の賃料として約定賃料よりも金四十円多い金九十円を支払つたが、若し値上げになつていなかつたならば右金四十円は翌月の賃料に繰入れる旨の特約がその際原被告間に結ばれたところ、賃料は値上げになつて居らず且つ、その後原告は被告に対し昭和二十五年二月分までの賃料は毎月金五十円宛支払つて来たから、右金四十円を順次翌月の賃料に繰入れるときは、原告は結局昭和二十五年三月分の賃料金五十円の中金四十円は支払つていることとなり、賃料の支払を三回以上遅滞したことはないこととなる。

以上、何れの点から判断しても未だ本件賃貸借契約解除の効果は発生していないから、原告は本件強制執行を受ける理由がない。仍て、茲に、原告は被告に対し右調停調書の執行力の排除を求めるため本訴請求に及んだと述べ、

(三)  仮りに然らずとしても、

(イ)  前記調停調書には原告が訴外石原安雄(同調停事件の申立人)に対し愛知県西春日井郡清洲町大字清洲天王北千五十四番地所在の家屋(以下本件第二家屋と略称する)を昭和二十四年七月末日までに明渡したときは、石原は原告に対しその明渡と同時に金一万円を贈与する旨の記載があるが、石原は元来被告の妻の弟であり、本件第二家屋の賃貸借契約は石原と原告の間にではなく原被告間に締結せられ賃料も最初から直接被告に対して支払われて来たなどの事情から判断すれば、右石原なる記載は実質的には被告の意に解すべきところ、原告は被告及び石原に対し本件第二家屋を右期日までに明渡したから、被告は原告に対し右金一万円を贈与すべき債務を負担するに至つたが、被告は昭和二十四年八月十三日原告に対し右金一万円の中硝子破損金と称する金二千円並びに昭和二十一年十月分以降昭和二十四年七月分までの賃料合計金七百九十五円を差引いた金七千二百五円を支払つたのみであつて、原告としては、後者はとにかく前者の金二千円を控除される理由がないから、原告は今尚被告に対し金二千円の贈与金債権を有している。

(ロ)  原告は本件第二家屋を賃借中被告よりその賃料の受領を拒絶せられたので、昭和二十三年四月八日、昭和二十一年十月分乃至昭和二十三年三月分の賃料合計金百二十六円、同年六月一日、同年三月分及び四月分の賃料合計金十四円、同年九月一日、同年六月分乃至八月分の賃料合計金二十一円について供託の手続をとつた。而して、右合計金百六十一円の供託金は指定受取人である被告において受領すべき筈のところ、被告は前記の如く原告に贈与すべき金一万円の中よりこれを差引き、原告に対し右供託金は原告において取戻すべしとしてその供託書を交付したのみで、右供託金の取戻に必要な指定受取人の不受諾書は交付しなかつたので、原告は、昭和二十四年八月二十日被告に対し、訴外酒井保松に依頼し被告の息子訴外横井一男を通じて、その不受諾書の交付方を求めたところ、被告はこれに応ぜず、原告はこれがため右供託金を取戻し得ず、被告の右債務不履行によつて供託金と同額の損害を蒙つているから、原告は被告に対し金百六十一円の損害賠償債権を有する。

(ハ)  原告が被告に対し昭和二十四年十二月十日、十一月分の賃料として支払つた金四十円について原被告間に前記(二)掲記の如き特約がなかつたとしても、賃料は値上げになつていなかつたから、右金四十円は被告において法律上の原因なくして原告の財産により利益を受けていることとなり原告は被告に対し金四十円の不当利得返還請求権を有するところ、原告は(イ)及び(ロ)については、昭和二十五年九月十二日午前十時の、(ハ)については、同年十二月十二日午前十時の各口頭弁論期日において、被告に対し本件賃料債務とその対当額において相殺する旨の意思表示をしたから、該賃料債務は消滅に帰し、本件賃貸借契約解除の効果も発生しなかつたこととなる。

と述べ、被告の抗弁事実は否認すると陳述した。<立証省略>

被告訴訟代理人は、原告の請求は棄却するとの判決を求め、答弁として、原告が請求原因としてその冒頭において主張する事実は凡て認める、(一)の主張事実の中原告がその主張の日次男義光をして三ケ月分の賃料を被告方に持参せしめたことは認めるが、原告がその主張の如く賃料を名古屋法務局に供託したことは不知、その余の事実は否認する。(二)の主張事実の中原告がその主張の日被告に対し金九十円を支払つたことは認めるが、その余の事実は否認する。(三)の(イ)主張事実の中調停調書に原告主張の如き記載のあることは認めるが、その余の事実は否認する。(三)の(ロ)主張事実の中被告が原告主張の如く不受諾書の交付方に応じなかつたこと原告がその主張の如く金百六十一円の損害を蒙つていることは否認するが、その余の事実は不知、(三)の(ハ)主張の事実は凡て否認する。尚、原告が(イ)乃至(ハ)の債権を夫々自働債権としてその主張の如く相殺の意思表示をしたことは認めると述べ、原告主張の金四十円は、原告の子供が本件第一家屋を荒らしたので、その代償として、被告において、昭和二十四年十一月分の賃料金五十円と共に受領したのであつて、その際、原被告間に右金四十円については原告は爾後その返還を請求せず、翌月の賃料にも繰入れない旨の特約が結ばれた、仮りに然らずとしても、原告は翌月の賃料支払いの際右金四十円を差引いてないから、原告はその返還請求権を抛棄したものと解すべきであると陳述した。<立証省略>

三、理  由

被告が当裁判所昭和二十四年(ユ)第五号家屋明渡調停事件の調停調書に基き、原告に対し家屋明渡の請求権ありとし、昭和二十五年六月八日、本件第一家屋に対し明渡の強制執行をして来たこと同調停調書には被告は原告に対し本件第一家屋を賃料一ケ月金五十円毎月末日限り被告方に持参支払の約にて昭和二十四年八月一日より期限の定めなく賃貸すること、原告において右賃料の支払を三回以上遅滞したときは被告より何等の通知催告を要せず右賃貸借契約は当然解除せられたものと看做し即時被告に対し無条件にて本件第一家屋を明渡すは勿論被告より明渡の強制執行を受けても異議のないことなる旨の記載があること、原告が昭和二十五年三月分乃至五月分の賃料を現実には被告に対し同月三十一日までに支払つていないこと、原告が同年六月二日次男義光をして右三ケ月分の賃料合計金百五十円を被告方に持参せしめたことは当事者間に争いなく、被告が右賃料の受領を本件賃貸借契約解除の効果発生後であることを理由として拒み、更に同月四日原告が長男行雄をして右賃料を持参せしめた際にも前同様その受領を拒んだことは証人横井絹子、原告本人訊問の結果によつて明らかである。思うに右調停条項は本件賃貸借契約解除の効果の発生要件として賃料の支払の遅滞を三回以上としている点において通常の事例に比して賃借人に寛大なものではあるが、賃料の支払を三回以上怠ればそれが如何に軽微なものでも当然解除の効果が発生すると解することは賃貸借関係の如き継続的法律関係において最も重視されるべき信義誠実の原則に照らして妥当ではない。従つて、右調停条項により解除の効果の発生を主張し得るためには賃貸借関係を継続できないと認められる程度の滞納を必要とすると解すべきである。今これを本件について考えると、原告の被告に支払うべき毎月の賃料が僅か金五十円であることは曩に認定した通りであり、前記横井証人の証言によれば、原告は被告方から徒歩にて五分位の処に居住しているにも拘らず、三ケ月間賃料を滞納したまま被告方に謝罪に赴いたこともない事実が認められるが、証人酒井保松、同渡辺寿子の各証言、原告本人訊問の結果を綜合すれば、原告は当時病床にあり、且つ被告とは子供のことで感情の縺れを生じて居り相互の交際を避けていた事実及び原告は鞄屋に雇われ毎月五千円足らずの收入を得て中学校及び小学校に通学中の男児三名を女手一つで扶養し、生活保護法による扶助をも受けている貧困者であり、被告もこのことを知つていた事実が認められ、(この認定に反する前記横井証人の証言は措信しない)更に、前記渡辺証人の証言によれば、右調停条項は、原告が被告から本件第一家屋を前記認定の如き約旨にて賃借することを条件として原告が当時賃借居住中の本件第二家屋を訴外石原安雄に対して明渡す旨の調停成立の際、原告が本件第一家屋の賃料の支払に横着を構えないようにとの軽い意味で挿入れたに過ぎないものである事実も認められるから、曩に認定した通り原告において六月二日被告に対し三ケ月分の滞納賃料の全額を提供した以上、本件賃貸借契約解除の効果の発生要件である本件賃貸借関係を継続できないと解される程度の遅滞があつたものと認めることはできない。従つて、被告が真にその権利の行使に信義を以てするものであつたならば、尚右賃料を受領すべきであつたと云うべきである。しかるに被告は曩に認定した通り解除の効果の発生後であることを理由として右賃料の受領を拒んだのであつて、被告は原告の賃料の支払が僅か二日遅滞したことを奇貨として従来意図していた本件賃貸借終了の効果を主張しようとしたもの、換言すれば、本件明渡請求権を行使するについて当然遵守すべき信義を以てせずその権利を濫用するものに外ならないから、本件明渡の強制執行は許されない。

仍て原告の本件調停調書の形式的執行力の排除を求める本訴請求は理由ありと認められるから、爾余の争点について判断するまでもなく、凡てこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、強制執行停止決定の認可及びその仮執行の宣言につき民事調停法第十六条、民事訴訟法第五百六十条、第五百四十八条第一項第二項を各適用し主文の如く判決する。

(裁判官 高橋正蔵)

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